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室蘭本線 おと休など割引切符は大抵、梅雨時だったり台風シーズン、厳冬期など閑散期に設定されるため、
自然災害に遭遇する確率が高くなります・・・それで・・・


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 Line君から電話・・・
北海道いつ行くんだっけ?
今週・・・7月1日から・・・
お宅はいいよなーこっちは展示会の準備で忙しくてー
といつものようにヒガミちゃんが始まり・・・
・・・
今週は北海道天気良さそうだね・・・
でも大雨とか地震とか来ないといいけどねぇ・・・ヘヘ・・・
また自然災害に遭わないといいけどねぇ・・・ヘヘ・・・
と大雨や地震にたたられた先回を思い起こして、
心にもない事を、何時もの如く宣っているLine君は放っておいて、
自然災害に遭ったらまた電話支援頼むよー
と言い残して北海道へ・・・
 
2016/07/01
先ず北柏駅・・・
久々に6000系から調査旅行が始まります・・・

北柏 516

柏 519 535

上野 604 638
レ はやぶさ1
新函館北斗 1058

2016/07/01
新青森を過ぎてからは、新幹線の初乗り区間・・・
狭軌と標準軌の三線軌条が接近し、いよいよ青函トンネルへ・・・

2016/07/01
新函館北斗駅での在来線の乗り換えはすごい混雑・・・一旦、外へ出たほうが早いです・・・
駅の設計を失敗したのでは?・・・
旧渡島大野駅に在った油庫の展示状態が気になっていましたが、直ぐ見つかりました。
物陰にひっそりと隠れて邪険にされているようです・・・
工事中の油庫の姿はこちら・・・工事中の時から更に方向、高さとも変わっています・・・
理解の無い人たちから「新駅前に古ぼけた物を置くな」というようなクレームが入ったのかも・・・

2016/07/01
油庫の展示状態・・・直接触ることのできる位置にあります・・・
屋根などは新しく葺き替えられているようです・・・案内板には次のようにあります・・・
なお、当駅の開業は明治35年です・・・
 
 明治時代に設置された油庫

明治44年(1911年)に建築され、当時、駅構内の
照明用ランプや機械設備などに使用する油脂を
保管していた倉庫である。
レンガ造りで開口部をアーチ状にするなど独特の
趣があり、北海道における鉄道の歴史を伝える
貴重な建物といえる。
旧渡島大野駅のホームの一角に設置されていたが、
北海道新幹線新函館北斗駅の整備に伴い、現在の
位置へ移設した。
              北斗市
 

2016/07/01
背面の状態・・・帰りにまた寄ります・・・

2016/07/01
時間が迫っているので、油庫や駅の写真もそこそこに・・・
そそくさとホームへ急ぎます・・・

新函館北斗 1119

大沼 1138

2016/07/01
函館方面・函館ライナーの喧騒はよそに、のんびりと気動車で・・・
大沼駅に着いてシグナルブリッジを観察・・・
遠くにわずかに目的の転轍手小屋ば見えはしますが・・・
(信号機で×のしてある下辺り)

2016/07/01
大沼駅前へ出ます・・・

2016/07/01  
  
駅前には古レールで造られたモチーフ・・・珍しいレールが在るかどうかは判らず・・・
碑には次のように刻まれています・・・
  
 
大沼駅の歩み

明治30年初めの頃、この付近一帯は大湿地帯であった。同年5月、宇喜多秀夫氏がこの地の
開拓へ入り、辛苦して農場を開きやがて戸数も50有余を数えるに至った。
これより以前、函樽鉄道開通の気運が高まり大沼の将来性に着目していた同氏は、この地に
停車場を誘致すべく同志と陳情を重ねた結果、明治36年6月28日開業した。
大沼駅はその後、大沼公園が観光地として内外に名声を馳せる基となった。

  明治36年6月28日
大正9年7月15日

昭和20年6月1日
昭和39年6月1日
昭和41年10月1日
  
大沼駅(アイヌ語のポロ・ト「親沼」の意)開業
本駅を軍川駅(アイヌ語のイクサップ「渡し守」の意)に、隣駅大沼公園
を大沼駅に改める。
渡島砂原・大沼間開通。
本駅を元の大沼駅に、隣駅の大沼を大沼公園駅と改める。
七飯・大沼間(藤城経由)開通
  

2016/07/01
よろしい雰囲気のシグナルブリッジ・・・
支柱が折れる方向に力が働かない様、
工夫して張られたワイヤーが、非常に合理的に思える・・・

2016/07/01
シグナルブリッジは、いつ見てもフォトジェニックですな・・・

2016/07/01
目的の転轍手小屋まであと一歩・・・右の斜めの屋根です・・・
左側は線路の向こう側にある保線小屋のような建物・・・藪に妨げられ、これ以上近づけません・・・
車窓からは他にも数件同様の小屋が在ることが判っていますが、見つけられませんでした・・・

2016/07/01
徒歩で大沼公園へ向かいます・・・砂原線を跨ぎます・・・
2016/07/01
大沼公園駅に着きました・・・
今回、転轍手小屋が目当てだったのですが撮影は無理のようです・・・

2016/07/01
しばらく時間があるのでめぼしいものは無いかと周辺を探索・・・
でスイレンの池・・・ これ以上の収穫は得られず大沼公園を立ちます・・・

大沼公園 1244
     レ S北斗11
伊達紋別 1420

2016/07/01
伊達紋別駅へ到着・・・今度は幸い目的の木造油庫が残っていました・・・

2016/07/01
木造にトタンで葺いた油庫です・・・壊されてなくて本当によかった・・・
このような小型、しかも木造の建物は誰にも知られることなく、
いつのまにか滅失していることがよくありますので・・・
積雪地帯では建物の劣化・破損が激しいのでなおさらです・・・

2016/07/01
建物財産表 鉄 危険品庫 大正□年□月□日とあります・・・日付の刻印はされていないように思われます・・・
伊達紋別駅開業は大正14年(1925年)8月20日なので駅本屋と同様、開業当初からのものかも知れません・・・

2016/07/01
跨線橋と共に油庫背面の様子・・・上下に換気口が追加されています・・・

2016/07/01
ホームには兜の模型がありまして・・・駅のいわれなどが次のように記されています・・・
それにしても北の湘南とは少々違和感が・・・

海を越えた武士達
仙台の支藩、亘理伊達家は戊辰戦争で官軍に対抗したため、
著しく減封され、領地も奪われた。この後は、武士を捨てて農
民になるか、郷里を捨てて流浪の民になるしかない苦境に追い
込まれた。領主伊達邦成は兵農をかねて北門警備に当たること
を望み、蝦夷地開拓の請願に踏み切った。服従することなく、
新天地に亘理城再興の夢を託したのである。明治2年8月、太
政官から、北海道胆振国有珠郡の支配を命じられると、さっそ
く邦成自ら有珠に乗り込み、調査を行った。早くも翌年から移
住が始まり、以後11年間に旧家臣、領民あわせて2,800
余名が海を越えた。武士の集団移住という特異な形で始まった
有珠郡の開拓は、様々な苦境に直面しながらも着々と進行して
いった。北海道では民間で初めて西洋農具による開墾が行われ
たほか、近代的な
製糖工場を設立する等、北海道の開拓にとっ
て大きな原動力となったのである。
この兜は、海を越えた武士たちのフロンティアスピリットの象
徴として設置しました。

ー駅名の由来ー
伊達紋別駅
もと「紋鼈(もんべつ)」といったと
ころで、アイヌ語の「シュムンペッ」す
なわち「シュム・ウン・ケ・モン・ペッ」
(西にあるところの子川)から出たもの
です。伊達邦成一族の開拓によるところ
から、明治33年伊達村と改称しました。
駅名は東北本線の「伊達」とまぎらわし
いため「伊達紋別」としたものです。

北海道では、「柿の木は育たない」と言わ
れますが、伊達市ではたくさん
の柿の木が実をつけています。

伊達紋別駅長

2016/07/01
駅開業時からのものと伝えられる伊達紋別駅本屋・・・

2016/07/01
駅から西北方向に歩いていると、丁度、踏切を特急が通過したので・・・

2016/07/01
その踏切名が台糖踏切・・・駅名の由来にもあった製糖産業と大いに関係がありそうです・・・

2016/07/01
その近くから、現在では遊歩道となっている胆振線の一部が始まります・・・少々探索・・・
遊歩道の起点には踏切警報機が左右に・・・

2016/07/01
直ぐ1kmの距離標を見つけました・・・
確かに胆振線の線路跡だったことが確認できます・・・

2016/07/01
しばらくこのような直線路・・・

2016/07/01
有珠山の威容を拝んだところで引き返し・・・
次の列車にどうにか間に合いました・・・
他にも木造車庫などを見ましたが、近くから撮影している時間はありませんでした・・・
伊達紋別での1時間40分はあっという間・・・

伊達紋別 1559
      レ 北斗13
登別 1627

2016/07/01
登別駅に着いて先ず跨線橋・・・橋脚の一部は補強されていますが、
橋部をプレートガーダーに落とし込む風情のある構造・・・

2016/07/01
橋脚のブーツ・・・形状が2種類程あり、寸法を測っておけば良かった・・・

2016/07/01
登別で折り返す気動車と共に・・・

2016/07/01
駅前へ出て登別の駅舎・・・

2016/07/01
半分石造りです・・・

2016/07/01
登別には30分弱の滞在で、電車特急すずらんで南千歳まで・・・
南千歳では通過の貨物列車を流し撮りなどして遊ぶ・・・

登別 1653
レ すずらん9
南千歳 1737

2016/07/01
再び気動車へ乗車・・・スーパーおおぞらです・・・
南千歳 1756
        レ Sおおぞら9
新夕張 1831

2016/07/01
途中、追分駅の様子など観察しながら新夕張へ・・・

2016/07/01
以前の駅名「紅葉山」の駅名票・・・
新夕張とは味気ない・・・夕張とは随分離れているし・・・

2016/07/01
23分後スーパーおおぞらを追いかけて普通列車がトンネルを抜けて来ました・・・
ここからは初乗り区間となります・・・

新夕張 1854

夕張 1920

2016/07/01
夕張着・・・観光案内所と一緒になった駅舎・・・

2016/07/01
途中、駅弁を仕入れることができず困っていましたが、
幸い駅前には飲食店の合体したようなところがあり・・・

2016/07/01
チャーハンと餃子を頂くことができました・・・
夕食後、GPSを頼りに1kmほど歩いてホテルへ・・・
苫小牧駅前や夕張駅前を当りましたが、そこしか空いてなかったので・・・


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