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猿田駅 御宿駅 まん延防止法発令下、玄関から外へ出るのは三日に一日ぐらい・・・オリパラも見る事なく、
見るテレビといえば、山歩きや自転車旅行番組がせいぜいな、引きこもりぶり・・・

そんな中、青春18きっぷ一日分をLine君から押し付けられたので、
かねてから懸案の猿田駅と御宿駅へ、密を避けてお出かけ・・・
2021/08/28
早朝から出かけますが、早速、成田線の香取~佐原間で沿線火災の為不通・・・
総武本線の成東廻りに急遽経路変更・・・

2021/08/28
北柏駅の保線車両は、いつのまにかキヤE195に置き換えられたようです・・・
→一時的な現象だったようです。
通勤することも無くなったので、地元の状況変化にも疎くなる・・・

北柏 525

我孫子 528 535

成田 615 618

佐倉 632 634

飯岡 733

2021/08/28
猿田駅から2駅手前の飯岡駅で下車・・・

2021/08/28
元は木造の待合室・・・

2021/08/28
待合室の建物財産標

建物財産標

待合所1号
昭和8年4月

2021/08/28
駅跨線橋から見る、風情の良い大谷石製と思われる倉庫?・・・
風情は良いものの、雨樋が詰まるとどうなるのか心配になる・・・

2021/08/28
駅ホームは下段がレンガで、総武鉄道時代の痕跡が・・・

飯岡 733 808

猿田 815

2021/08/28
猿田駅に着いて、電車は対向列車を待って発車
茂みに消えていきます・・・

2021/08/28
猿田駅・・・

2021/08/28
駅から300m・・・猿田神社の参道、先神橋(せんかみはし)・・・
1897年(明治30年)六月、総武鉄道が銚子まで開通したとき、
参道の分断を解消するため鉄道会社により造られた跨線橋とのこと。
橋の欄干には、明治三十年十一月とあります。

2021/08/28
先神橋を側面から・・・
始めLine君が、猿田駅の手前にレンガの短いトンネルが在るぞ、と見誤ったのが、
ここへ来たそもそもの発端で、ネットで調べると参道の一部と判りました・・・

階段下の暗い部分は水路となっています。
→この径間は人道というネット情報があります。
その左にもう一つ小さなアーチがありますが、ブッシュに隠れて判りません。
→こちら側が水路とするネット情報があります。
レンガの高欄はフランス積となっていますが、訪れた時は気が付きませんでした。
→高欄の水平部(猿田神社側)に震災の際破損修復した跡があるそうで、
こちらも気付きませんでした。
橋のたもとに近づくのが難しく、観察が困難な上、
レイアウトに製作予定が無いと調査が疎かになる悪い癖・・・
また、電化に伴って、橋部をかさ上げしており、元は木橋だったということです。
昔の写真も見てみたいものです。

こちらに 小野田 滋 氏の詳しい解説があります。

2021/08/28
この付近のレール・・・
一番遠い継ぎ目板のレール頭部には異常摩耗痕があります。
レールの折損を未然に防止する目的と思われます・・・

2021/08/28
先神橋を上ってみます・・・

猿田神社、手水舎・・・

2021/08/28
奥にある本殿は昔の色あいが未だ残っています。
周辺は丁寧に清掃され良き雰囲気・・・
見学を終えて、東金線を南下、御宿駅へ向かいます・・・

猿田 913

成東 1002 1021

大網 1043 1054

上総一ノ宮 1110 1122

御宿 1152

2021/08/28
途中、木造駅舎の松尾駅・・・

2021/08/28
成東駅前の安井理民(やすい はるたみ)氏の碑・・・
背景には跨線橋が在りましたが、今はもう見られません・・・
(下は一部当て字に代えています)

魁  千葉鉄道管理局長 田口 通夫

 わが両総の地に世に魁(さきがけ)て鉄道敷設の狼煙をあげ生涯
をこの事業に捧げた人は実にわが成東町の先覚 安井理民氏である
氏は安政六年(一八五九年)三月わが町の素封安井家に生まれ二十
歳で既に戸長として町政を担った青年戸長の夢は常に大きかった
やがて県下に鉄道を敷き交通運輸の便を計り郷土の一大発展を図ろ
うとの大理想を抱き明治十九年決然立ってその運動にはいった ま
ず東京神田に創立事務所を設け本町の塚本正脩氏を事務長に推し相
扶け相計り各地の有力者を歴訪しては参加を需め或は各種資料の調
査研究に或は請願に或は資金集めに東奔西走の日々が続いた かくて
後七年有餘の血みどろの活動は遂に家産を傾けあまつさえ病を得
て再び起たず明治二十七年二月十六日可惜奮闘生涯を閉じた享年
三十有六才 しかしその事業は後人に受継がれ明治三十年六月佐倉
銚子間の開通を最後に両総を縦断する総武鉄道全線の完成を見るに
至り氏の点した灯の光は晧々と輝き亘ったのである
わが町は茲に記念碑を建て以って永く氏の功績を称えんとするもの
である
昭和四十六年二月十六日 成東町

2021/08/28
大網駅・・・E217系からE235系へ置き換えられつつあります。
普通車にクロスシート車が無いのでサービス低下に感じる・・・

2021/08/28
御宿駅に到着・・・

2021/08/28
猛暑の中・・・先ず大網駅方の撮影場所へ向かいます・・・
二両編成のE131系電車は混むので、これもサービス低下だとLine君が云っていた・・・

2021/08/28
途中・・・耐震補強の部材が付いていますが、レンガの橋台・・・

2021/08/28
こちらもレンガの橋台・・・

2021/08/28
酒造所なのでしょうか・・・次のような案内板が近くにありました。

御宿町指定有形文化財
ドン・ロドリゴ関係遺品
サンフランシスコ号ほばしら
昭和四十九年三月
十七日指定
慶長十四年(西暦一六〇九年)九月三十日夜半、前フィ
リピン諸島長官ドン・ロドリゴが任期を終え、ガレオン船
サンフランシスコ号にて帰国の途中、岩和田沖にて遭難し
ました。この事件関係遺品として御宿町に残されているのが、
サンフランシスコ号のほばしらと言われています。
現在は、岩瀬家の住宅の梁に使われています。
平成三十年三月
御宿町教育委員会


表現に一部おかしな点がありますがそのまま記載します

2021/08/28
良さげな雰囲気・・・
壁もレンガ製です。

2021/08/28
目的のレンガ橋梁・・・電車を絡めて撮ったカット。
これもLine君が、ストリートビューでロケハン中に発見した結果。
こちらとしては次から次へと余計な仕事(訪問先)を増やしてくれるので困る・・・
この東側はブッシュが酷くて全景がよく観察できない・・・

2021/08/28
反対側の西側から・・・
正確な場所は、画像のEXIFにGPSデータを残してありますので参照してください。
径間2440mm 坑口部分の高さは道路面から3237mm
レンガ橋ですが、装飾も無く全体にシンプルな造り・・・
レンガのサイズは、約220×107×57mm

2021/08/28
今度は館山駅方へ・・・
手前はレンガですが、奥はコンクリです。

2021/08/28
径間3655mm 坑口部分の高さは道路面から2868mm
本日、訪問した三つのレンガ橋で最も幅広ですが、最も背が低い・・・
奥はやはりコンクリで固められています。
次のレンガ橋へは、線路の西側を線路沿いに行くと近い・・・

2021/08/28
径間3047mm 坑口部分の高さは道路面から2916mm・・・
こちらもやはり西側はコンクリです
・・・
向こう側は直ぐ妙音寺の本堂・・・

2021/08/28
妙音寺の隣、観音寺のご本尊の前には、猫がふてぶてしく居座って・・・

2021/05/01
駅へ戻ります・・・
途中、姿のよろしい蔵と植栽・・・

2021/08/28
電車は全て新製のE131系に置き換わってしまったようです・・・

御宿 1407

上総一ノ宮 1437 1439

蘇我 1518 1520

千葉 1526 1531

成田 1603 1615

東我孫子 1651

2021/08/28
佐倉駅にて・・・3箇所も継ぎ目板が連続していますが、
片側のレールにしか無いことから判る通り、これもレールを継いでいる訳ではありません・・・
レール頭部にはいずれも異常摩耗痕が見られます・・・

2021/08/28
成田線・我孫子支線・木下駅の安全側線の第1種車止め・・・
分岐先がクイッ・・・と曲がっていて、
冒進すると架線柱をなぎ倒し、道路へ転落とやっかいそう・・・

2021/08/28
一方、隣駅の布佐駅のは普通の形・・・

2021/08/28
東我孫子で降りて、徒歩で天王台駅へ向かいます・・・
この経路は歩いたことが無いので・・・
距離は 600m程・・・

2021/08/28
天王台駅・・・

天王台 1728

我孫子 1731 1735

北柏 1738

2021/08/28
北柏駅へ到着・・・北柏を盛り上げようとの目論見?・・・
しかし、静かに暮らしたいと思う人が多いようで、
運動の盛り上がりはいまいち・・・


池田園  へ戻る・・・  次は 日豊本線  へ・・・

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