山陰本線 | 最終日は、山陰本線を下って佐津駅へ・・・次いで余部鉄橋へ・・・ 今度は山陰本線を上って養父駅・・・そして和田山・・・ |
2021/12/23 | |
豊岡駅発・・・ 豊岡 629 レ 佐津 714 |
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ようこそ佐津へ・・・ |
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寄棟屋根の駅本屋ですが・・・ |
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京都側の東端は切断・短縮されています・・・ 鬼瓦に注目・・・ |
東の切断・短縮された側の鬼瓦には七福神らしき彫り物があり、 こちら側はいずれも白い面となっています・・・ |
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対して、残された西側の鬼瓦は、いずれも黒い面となっています・・・ |
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建物財産表には・・・ 建物財産標 本屋1号 (駅本屋) 明治44年8月 とあり、開業時からの駅本屋です。 鬼瓦の違いには気が付きましたが、 残念ながら最近、屋根を葺き替えているようです。 |
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柱などは、後年の駅舎に比べて若干細い感じがします・・・ |
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庇の持ち送りには細やかな彫り・・・ |
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元出札窓口の持ち送り・・・ |
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腰板・・・ 風雪に耐えて木目が浮き上がって・・・ |
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上りの気動車が、待合所の脇を通過して・・・ |
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待合所・・・ |
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待合所の入口に建物財産標・・・ 駅本屋より大分新しい・・・ 建物財産標 待合所1号 (向乗降場待合所) 昭和40年9月 |
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この列車で餘部へ・・・ 佐津 714 817 レ 餘部 843 |
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鎧駅の手前、鎧の袖・・・ 兵庫県香美町の香住海岸にある柱状節理と板状節理の断崖との事。 撮り鉄してみたいところですが、駅から遠いし熊も出そうなので、却下。 |
鎧駅にて・・・ |
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餘部駅へ着いて・・・ 気動車を見送り・・・ |
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駅からの眺め・・・ |
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駅ホームから少し下りてみます・・・ |
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旧余部鉄橋の三径間ぐらいが、そのまま保存されています・・・ 左側の塔が、下に降りるエレベーター。 |
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お立ち台から対面のトンネルを撮るも遠い・・・ レンズの調子も良くない・・・ せめて個々のレンガが判別出来なければ、あきませんなあ・・・ |
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エレベーターもありますが、先ずは登山道のようなところを降ります・・・ |
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余部鉄橋の開通はなんと 1912年(明治45年)3月1日です・・・ 材料は輸入鋼材でした。 |
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鉄橋ふもとの建物は立派なのが多い・・・ |
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1986年(昭和61年)12月28日に起きた列車転落事故の慰霊碑・・・ |
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保存されている桁・・・ この後、道の駅余部で鉄橋の歴史のビデオを観たり、 鉄橋グッズを買い込んだり・・・ |
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周辺の蔵・・・ 装飾性の高い窓・・・ |
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窓には眉形の模様・・・ 軒下には黒い帯を配す。 |
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新旧の余部橋梁と蔵・・・ 大きなこて絵やなまこ壁もあって先程とはまた違った意匠・・・ 帰りはエレベーターで駅ホームへ戻って・・・ 入線する列車は、観光客の妨害で撮影できず・・・ 餘部 843 1043 レ 城崎温泉 1130 1140 レ 養父 1231 |
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鎧駅から見る赤島トンネル・・・ |
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またトンネル・・・先のより装飾が若干簡素・・・ この区間のレンガの巻きは厚く五重で、 ポータルのピラスター(付け柱)も太く立派なように思われます。 |
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城崎温泉に着いて・・・ |
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こちらの電車に乗り換え・・・ |
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養父駅で下車・・・ 午前中に訪問した佐津駅と同様、京都側を切断・短縮しているようです。 |
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建物財産標・・・ 建物財産標 本屋1号 (駅本屋) 明治41年3月 とあります。佐津駅より3年程古い。 |
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古風なベンチ・・・ |
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出札窓口が現役で、委託販売駅となっています・・・ 細かい細工を基調とした、私鉄駅風の軽快な造りで、小荷物扱い窓口下にも注目。 委託販売をされている元国鉄職員の方に、色々、お話を伺いました。 昔は但馬牛の積み出しで賑わった駅だそうです。 なお、駅本屋の減築は、いつ行われたのか記憶に無いとのことでした。 |
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出札窓口の持ち送りは珍しく、彫刻に加えて、 金物が使われています・・・ 手前側はネジ跡が確認できたので、 こちらにも金物が在ったと思われます。 |
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小荷物扱い窓口下の彫刻・・・ |
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ホーム上屋・・・ 手前の空地は貨物側線が四線ほど在ったそうです。 但馬牛を積み出す家畜車が並んでいたのでしょう・・・ |
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養父駅前・・・ 駅前に並んでいるのは元旅籠で、但馬牛の買い付け人や、 家畜車で輸送する際、牛の世話をする添乗員が宿泊したそうです。 レイアウト建設の参考にもしたいシチュエーション・・・ |
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最後の目的地、隣駅の和田山へ向かいます・・・ 養父 1231 1344 レ 和田山 1350 |
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直ぐ、和田山駅へ到着・・・ |
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二線のレンガ機関庫と給水塔・・・ 給水塔は白く上塗りされていますが、元部はレンガ積みです。 タンク体は後年の材料変更・増積でしょう・・・ |
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屋根は無くなり鉄骨がむき出し・・・ いずれきちんと保存、展示してもらいたいと思うところ・・・ |
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作業場の内壁は白セメントで上塗りされているように見えます・・・ |
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焼き過ぎレンガと普通レンガの二色のレンガが使われています・・・ いくつかの有名レイアウトの機関庫のプロトタイプにも採用されている名建築です。 |
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拡大・・・ レンズの調子が悪く、画面周辺の解像度が悪い・・・ |
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作業場が広い・・・ 機関庫の向こう側を観察するため、駅構外へ出て向こう側へ回り込みます。 行き方は駅員さんに教えてもらいましたが・・・ |
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和田山駅前に出て・・・ |
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養父駅方面へ数百メートル歩くと、水路に強引に併設された線路をくぐる通路・・・ こういう面白い物に出くわすので、実地調査は欠かせません。 |
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ところが、この構造は意外に頑丈ではなく、 歩くとゆらゆら揺れる有様。 高さも低く、頭がつかえそう・・・ 足元は水がじゃーじゃー流れてて、落ちると大変・・・ |
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機関庫裏にたどり着いて撮影・・・ 低い道路から撮るので画角が限られる・・・ |
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夕日に輝く・・・焼き過ぎレンガ・・・ |
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再び、ゆらゆら揺れるカルバート橋を渡って・・・ 桁高さに比べて径間が広すぎるのが判ります。 |
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駅へ戻って今度は跨線橋から・・・ |
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食パンのような気動車・・・ キハ41 2001 と キハ41 2002 増設した運転台の側で、反対側は普通の運転台です。 |
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京都へ向かいます・・・ 和田山 1350 1538 レ 福知山 1624 1655 レ 京都 1904 |
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しばらくは山中・・・ |
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福知山を出ると、二日前に訪問した福知山城・・・ もうずっと前の事のように思われる・・・ |
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夕食は、空いているひかり号で、京都で調達したお弁当を・・・ 京都 1904 1933 レひかり664 東京 2212 2218 レ 上野 2226 2233 レ 柏 2302 2304 レ 北柏 2307 |
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