上毛電鉄 | 鉄番組を見ていて、足尾本山駅に油庫が在るのを発見したのですが、何事も、お節介な ヒガミちゃんは、行くの?行かないの?行くなら付き合うよ・・・と責め立てるので・・・ |
2018/07/22 | |
止むを得ず東武特急「りょうもう3号」で出掛けます・・・ 常磐線沿線住民にも関わらず、北千住での乗り換えは初めて・・・ 駅構内構造が判らず、少々乗り換えに手こずる。 自動券売機で特急券を買って無事乗車・・・ ヒガミちゃんによると、緩行線(千代田線)の地下ホームから乗り換えるより 快速線から東武への方が楽とのこと・・・ 北柏 657 レ 北千住 727 752 レりょうもう3号 赤城 936 |
2018/07/22 | |
桐生も近くなり、レンガの工場。 今日も暑くなりそう・・・ |
2018/07/22 | |
赤城駅着。 未だ木造保線小屋が健在でした・・・ |
2018/07/22 | |
枕木を積み重ねた車止め・・・ 車止め研究家?としては、第何種の車止めに分類されるのだろう?と疑問が・・・ |
2018/07/22 | |
初日は上毛電鉄へ・・・・一日フリー切符を購入し、 初めて乗車します。懐かしい井の頭線で使われていた電車が来ました。 井の頭線沿線に2〜3年住んでいたことがあるので・・・ 赤城 936 958 レ 中央前橋 1038 |
2018/07/22 | |
自転車持ち込み可の車内は、納涼の飾りつけ・・・ |
2018/07/22 | |
終点、中央前橋着 中央前橋 1038 1045 レ 江木 1059 |
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折り返して江木駅で下車・・・駅舎はコンクリートブロック製・・・ Wikiの写真を見誤りました。 |
2018/07/22 | |
当方にとって見どころは、玉石積みの石垣と・・・ |
2018/07/22 | |
架線柱ぐらいかな・・・ あまりに暑いので周辺の探索もせず、駅でじっとしています。 江木 1059 1129 レ 大胡 1133 |
2018/07/22 | |
大胡へやってきました。駅本屋・・・ 木造のまとまりの良い駅舎・・・ |
2018/07/22 | |
改札口周辺・・・ 定期券拝見・・・が何となく可笑しい・・・ |
2018/07/22 | |
電車庫の方へ向かいます。 都心では、ほとんど見られなくなった連動テコ・・・ |
2018/07/22 | |
連動テコ・・・ 高い位置から見ることが出来るので、 施錠の仕組みがよく分かります。 |
2018/07/22 | |
反対側・・・矢羽と連動・・・ トングレールと転轍桿が強固にボルト締結されているのを よく見ておいてください。 |
2018/07/22 | |
敷地外から写真を撮っていると、詰め所の窓から職員の方が見学しませんか? と声を掛けて頂き見学させてもらうことに・・・ 入場券代¥170-が必要ですが、解説付きでこの値段は安い。 手始めにデハ101旧型電車から見学・・・ 木造の電車庫は昭和3年製で国登録有形文化財の貴重なもの・・・ 手前の両渡り分岐も古風で貴重なもの。 |
2018/07/22 | |
旧型電車の室内。照明は当時より多く設置しているそうです。 吊り広告も往時の様子を再現・・・ |
2018/07/22 | |
電車の運転席に座らせてもらいました、直前には両渡り分岐器。 建設中のレイアウトでも両渡りが在るので、 時代設定が合致している事もあり、大変貴重な実物資料・・・ |
2018/07/22 | |
トングレールには1927年(昭和2年)10月製造、八幡製鐵所のロールマーク・・・ 先程の分岐器とは異なり、トングレールと転轍桿は現場で溶接組み立てしたような簡素な構造です。 |
2018/07/22 | |
交差部のフログ部分。今は、鋳造一体構造ですが、 昔は、このようにレールを床鈑の上へ、組み立てていました。 また、枕木を「かすがい」で継いでいますが、現在ではタイプレートを用います。 |
2018/07/22 | |
交差部の中央部・・・やはり床鈑の上へ、リベット固定です。 枕木以外、左右のレールの間隔を一定に保つ特別な部材は有しません。 |
2018/07/22 | |
割り込み防止のウイングレールの長さ配置も、現代のものとはかなり異なります。 |
2018/07/22 | |
工作室には旋盤や・・・ |
2018/07/22 | |
シェイパー |
2018/07/22 | |
プレス機などの大型工作機械・・・ 看板は、柱に使われたレールが満州から来たものかも知れないという解説・・・ 内容は現地で・・・ (解説にキリル文字が含まれているので表記できない・・・) |
2018/07/22 | |
天井には、一個の大型モーターから、 それら工作機械に動力を変速・伝達する機構があります。 |
2018/07/22 | |
電気溶接室・・・看板は新しいもののように思われます。 |
2018/07/22 | |
見たことも無い巨大なハンダごて・・・ なかなか冷めないそう。 |
2018/07/22 | |
木枠の中には、変電所に使われていた水銀整流器・・・ 名前は知っていましたが、実物を見るのは初めて。 真空管ののおばけのような、ガラス管の内部に水銀が貯められています。 これで交流を直流に変換しました。 現代では半導体を用いて整流します。 |
2018/07/22 | |
通標閉塞器・・・内部が見えるように展示。 この箱の図面を販売していたので、2種類の上毛電鉄ハンカチと併せて、 大枚をはたいて購入。 |
2018/07/22 | |
古風な台車・・・下野電気鉄道デハ103のもの・・・ よく見えませんが左側の車輪は松葉スポークです。 |
2018/07/22 | |
こちらはデハ104・・・ |
2018/07/22 | |
外へ出て・・・凸型電機デキ3021 |
2018/07/22 | |
鉄製有蓋車。 |
2018/07/22 | |
東武や日本車両のマーク。 旧い車両なので、床下のブレーキ機構などは後の時代のものとは異なり、 大量に参考写真を・・・ |
2018/07/22 | |
造形的にも面白い側扉車輪・・・ |
2018/07/22 | |
電車庫の見学を終え、駅の近くにある変電所 |
2018/07/22 | |
変電所の向かいにある倉庫。 火気厳禁の書体が味わい深い。 錆び具合もよろし・・・ 強い日射の中、最寄りのコンビニまで歩いて、避暑と食事・・・ |
2018/07/22 | |
比較的原型をとどめている木造詰め所 |
2018/07/22 | |
駅近くの鉄橋で写真撮影・・・ |
2018/07/22 | |
補強がJの字型になっていることから判るように、鉄橋も古いものです。 桁を橋脚に直接載せてあり、支承を設けていません。 また、桁同士を連結する部材を設けています。 |
2018/07/22 | |
あまりに暑いので冷房の効いている、駅待合室に退避・・・ 電車が来る頃に、鉄橋まで出かけて、写真撮影を繰り返す・・・ |
2018/07/22 | |
再び赤城へ・・・ 大胡 1133 1403 レ 赤城 1423 1429 レ 相老 1432 |
2018/07/22 | |
東武線を少し乗って相老駅へ来ました。 |
2018/07/22 | |
駅名標・・・ |
2018/07/22 | |
目的はこれ・・・ 以前にも写真を撮っていますが、 そのときはヒガミちゃんのせかせかした行程で、じっくり観察できなかった為、 再訪したという訳です・・・ |
2018/07/22 | |
油庫背面の様子 写真右隅の柱のレンガが1つ外れています。 レンガ寸法などを計測。 230×110×60mm |
2018/07/22 | |
相老から西桐生へ 相老 1432 1518 レ 赤城 1522 1527 レ 西桐生 1537 |
2018/07/22 | |
エレガントな出札窓口。 元々の形はどんな具合だったのか、少し気になる・・・ |
2018/07/22 | |
チューリップの絵柄の天井換気口などを見て・・・ |
2018/07/22 | |
駅舎全景・・・ |
2018/07/22 | |
駅の傍らには木造の倉庫・・・ |
2018/07/22 | |
風抜きの窓にも少々細工が・・・ |
2018/07/22 | |
既に開館時間は終わっていましたが、 桐生撚糸合資会社事務所棟というものが、ホテル近くに在って、観察してきました。 正面の案内板には次のように在ります。 桐生市指定重要文化財 旧模範工場 桐生撚糸合資会社事務所棟(桐生市近代化遺産絹撚記念館) 旧模範工場桐生撚糸合資会社は、明治三十五年十二月一日、当時の農商務省の殖産興業施策に よって、現在地である桐生町大字安楽土小字仁田所に設立された。明治四十一年に模範工場 桐生撚糸株式会社となり、大正七年に日本桐生絹撚株式会社と改称された。 当時の両毛地方の機業の現状にあわせた最新の洋式撚糸工場として、創建時の敷地面積は 約千五百坪、資本金は三万円であり、初代桐生市議会議長の前原悠一郎らにより、明治三十六年 (一九〇三年)三月に工場建設に着手し、同年十月に竣工した。桐生絹撚株式会社当時においては 、敷地面積一万四千三百十五坪、資本金六十万円となり、日本最大の撚糸工場に発展した。 現JR桐生駅南口一帯の広大な敷地に石造鋸屋根の工場群を配し洋式機械を導入した近代工場 であったが、昭和十九年八月、企業整備令により軍需工場となり、戦後、本格的に再建される ことはなかった。現存しているのは、事務所棟のみである。 建築時期については、明治末から大正の始めの間に造られたと考えられる。建物の構造は大谷石 積木骨洋風二階建てであり、外部についてはセメント漆喰にて、内部については白漆喰 仕上げの建造物となっている。洋風の石造建造物については遺存例が少なく、群馬県最古の 洋風石造建造物であると言われている。 戦後、さまざまな手を経て、平成五年六月近代化遺産の拠点都市にふさわしい町づくりの シンボルとして桐生市が取得した。 所在地 桐生市巴町二丁目1832番13 指定年月日 平成6年10月14日 敷地面積 643.16m2 建築面積 373.16m2 |
2018/07/22 | |
庇周りの細工・・・ このころヒガミちゃんは未だ東武線で撮影とのこと・・・ |
2018/07/22 | |
ようやく18時過ぎに桐生に到着、合流し、 ふる川と云う有名店の「ひもかわ」という超幅広のうどんで宴会・・・ |
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