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しなの鉄道 2017年冬のおと休は、しなの鉄道、飯山線を経て・・・
一旦、帰宅して、今度は仙山線へ・・・という新しいパターンで・・・

2017/01/28
今回も「自然災害に遭わないといいねー。大雪で行程がメタメタにならないといいねー」と
ヒガミちゃんから何時ものように心にも無い、お見送りの電話を受けて出てきましたが・・・

柏駅を出た直後・・・「5時11分頃北千住駅で人身事故がありました。
本列車は次の松戸駅で運転を中止します」との報を受け、
松戸駅で緩行線へ、スノーボーダーらと共に乗り換えを強いられます・・・

写真は松戸駅で見た新京成の電車・・・早速、先行きが危ぶまれますが、
それでも、この先の松戸〜北千住間で止まってしまうと、身動きがとれなくなる恐れがありました。


北柏 456

柏 459 514

松戸527(実時間)533緩行線

西日暮里 551 553

上野 601

2017/01/28
あたふたしましたが、新幹線のシートに納まると少しは落ち着き・・・
富士山がよく見える・・・

上野 601 622
        レ かがやき501
長野 738

2017/01/28
長野駅で下車・・・
以前、長野駅付近で見た木製の車止めを探して三才駅まで往復・・・
行きに一応、発見できましたが・・

長野 738 746

三才 756 822

長野 832

2017/01/28
三才駅から長野方面へ引き返します・・・
ところが今度は見失ってしまい、撮影できず・・・

2017/01/28
長野駅であたふたしていると、最近とんと見なくなったクモユニが来ました(クモユニ143)・・・

2017/01/28
木製車止めを撮影できなかったことが残念で、
今度はGPSナビで目星をつけて徒歩で接近を試みます・・・
球形のガスタンクの向こう側に在ることが判りましたが、
これが精いっぱいの接近・・・
枝の間に雪を被っているのが木製の車止め・・・

2017/01/28
木製の車止めは諦めて、しなの鉄道の一日フリー切符を購入して、鉄道歴史遺産の探索に・・・
屋代駅で好ましい木造跨線橋を発見したつもりでいたのですが・・・

長野 832 952

屋代 1008 1033

2017/01/28
今は、立ち入り禁止となっている跨線橋・・・

2017/01/28
脚部も木製の跨線橋はほとんど見ることはできません・・・
郡上八幡駅でも木造跨線橋を見ましたが、
こちらのほうが原型を留めているようです・・・

2017/01/28
帰って、全木造跨線橋の発見をヒガミちゃんに報告すると・・・
「その跨線橋、何年か前、お宅と一緒に長野電鉄に行った時、お宅はバチバチ撮ってたぞー」とのこと・・・
遡ってハードディスクを調べて見ると、その写真が多数・・・
全く記憶からは抜け落ちていました・・・年を取るとこうですから困りますな・・・

2011/11/26
その、長野電鉄屋代線が健在だった時に撮っていた写真・・・
この時はホーム上屋も健在です・・・

2011/11/26
こんな写真も撮っていました・・・

2011/11/26
大層、風情のある木造の待合室も在りましたが、現在では失われてしまいました・・・

2017/01/28
この時は、そんな事とは露知らず・・・
ともかく雪景色の中を進む・・・

屋代 1008 1033

上田 1055 1128

大屋 1135 1231

2017/01/28
上田駅で乗り換え・・・

2017/01/28
そして次はヒガミちゃんが木造の油庫らしきものを見たという大屋駅へ・・・
火の見櫓が、駅本屋近くにあるのが珍しい・・・その向こうに駅本屋が在ります・・・
妻面のメダリオンのようなものが目立ちます・・・

2017/01/28
油庫ではなく木造倉庫でした・・・

2017/01/28
反対側から見る木造倉庫・・・屋根の重なり具合がよい・・・
駅本屋の妻面には特徴的な装飾が・・・

2017/01/28
駅前には古風な街灯・・・ガス灯のようにも見える・・・
街灯の向こうには、「日本で初めて請願によって造られた駅」を記念した石碑・・・
漢文で書かれているので読めません・・・

2017/01/28
切妻面のメダリオンのような装飾・・・漆喰のこて絵の技法で造られた物でしょうか?
細かな穴が開いているようにも見え、通気口の役目も果しているのでしょうか?・・・

2017/01/28
このような妻面の装飾は大変珍しい・・・
大屋駅のOの文字を型取って、付けられたということも云われているようです・・・

2017/01/28
駅待合室に在る大時計・・・右の案内板には次のように・・・
確かに時刻は1分も狂っていませんでした・・・
妻面の装飾、街灯、そして大時計と全体に豪華な造りです・・・

大屋駅の大時計

 大正十一年十一月設置当時の価格七十
円でした昭和八年及び同十九年に修理を
しています。初めのものは分銅式でした
が現在のものは振子式に改造されていま
す。長野鉄道管理局内で同型のもの
は当駅に現存されているのみで正確に時
を刻んでいます。
 昭和六十一年十月十四日 大屋駅

2017/01/28
次は小諸駅へ・・・

大屋 1135 1231

小諸 1245 1425

2017/01/28
小諸駅の油庫は、以前ヒガミちゃんに取材してきてもらっているのですが、改めて自分の目で見たいので・・・
ヒガミちゃん取材後に案内板と建物財産標が追加され、周辺環境も整備されたようです・・・
案内板には次のように記されています・・・

明治時代の鉄道施設・油庫(あぶらこ)(明治42年建築)

 このレンガ倉庫は、小諸駅の鉄道施設のランプの灯油を保管するため
につくられた倉庫です。明治期の客車には電灯の設備がなく、車内の
照明はランプのみでした。また信号機の照明もランプであり、主要駅
に燃料である灯油を保管しておく必要がありました。ポイント用の潤
滑油も貯蔵しておく必要があり、この倉庫はそうした油類の保管倉
庫として建設されました。(「ランプ小屋」「灯室」とも呼ばれた)
 引火を防止するため、駅舎から離れたホームの端などに設置される
ケースが多く、建築材料としてはレンガが多く用いられました。
 旧信越本線の長野県内区間では、ここ以外に現存しているものはな
く、明治期の鉄道史の語り部ともいうべき貴重な産業遺産です。
 信越線小諸駅は、明治21年に開業しました。線路は、大手門の間の
城郭(三の丸)を切り崩してつけられました。その時代、駅は「停車
場」と呼ばれていたので、この庭も「停車場ガーデンと」名付け、ガー
デンハウスもレンガをモチーフとしたデザインになりました。

(写真)明治41年の小諸駅(停車場)一番手前が油庫、
土の盛り上がっているのが、小諸城三の丸跡。
写真提供:牧野直人氏
NPO法人 小諸町町並み研究会

2017/01/28
建物財産標標

小諸構内
駅灯室
63−1062号
昭和 明治41年8月 日

とあります。一部マジックで書いたようになっているのがご愛敬・・・

2017/01/28
背面はよくあるベタ壁です・・・
レンガの小口が見える段に、明るい色のレンガを使用しているように見えます。
レンガの寸法は(220〜225)×(102〜108)×(58〜62)mm

2017/01/28
背面の壁を撮る・・・

2017/01/28
停車場ガーデンにある喫茶店で・・・
ケーキと紅茶を頂いて・・・長い待ち時間も優雅なひと時・・・

2017/01/28
駅に戻って油庫の方へ行ってみましたが、
駅構内からは、これ以上、接近できませんでした・・・

2017/01/28
小海線のディーゼルを見ながら・・・
あちらにも行きたい・・・と考えたり・・・

2017/01/28
前後対称的な第3種甲車止め・・・

小諸 1245 1425 

軽井沢 1449 1509

2017/01/28
次いで信濃追分で降りるつもりが・・・ついうとうと・・・
終点の軽井沢まで乗り過ごしてしまいました・・・写真は軽井沢の旧駅舎・・・

2017/01/28
軽井沢旧駅舎内部は鉄道博物館になっているようですが、それは次の機会に・・・
ホームからアプト式の10000型電気機関車などの写真を撮って、お茶を濁す・・・

2017/01/28
軽井沢から引き返し、ようやく信濃追分にたどり着いて待合室を観察・・・

軽井沢 1449 1509

信濃追分 1518 1550

2017/01/28
待合室の内部・・・雪国の為か梁が頑丈に造られています・・・

2017/01/28
駅前に出て・・・
他の旧信越線の駅と比べると、木造駅舎とはいえ、
あまり大したことのない駅だなあ・・・
と思っていたのですが・・・

2017/01/28
ふと線路側を見ると、何という事でしょう・・・
多少壊れかけとはいえ、木製の車止めが・・・フェンス越しに撮っています・・・
長野駅であれ程接近に苦労した、木製の車止めを間近に見ることができます・・・
明治期のものでしょうか?・・・

2017/01/28
降りたホーム側からも見ていたはずですが、その時は全く気付きませんでした・・・
年を取ると注意力も散漫に・・・
足元が雪に隠れているので、また再訪して調べる必要がありますな。
現在、建設中のOJゲージレイアウトにも大いに参考になります・・・

2017/01/28
泊地の上田に戻って上田城へ・・・
ブラタモリを見ていて興味を惹かれた上田城への橋・・・
明るく見える案内板によると、この堀は電車道だったそう・・・
上田温電とは面白い名前・・・

お堀の移りかわり
けやき並木のこの場所は上田城二の丸の堀の跡です。
二の丸をかぎの手に囲んで、その延長は約646間(1,163m)
あり、上田城の堅い守りに役立っていました。(写真1)
その後、昭和3年5月に上田温電北東線が開通し、この地を
電車が通っていました。(写真2)
昭和47年2月に電車が廃止され、現在に至っています。
(写真1)(写真2)

2017/01/28
ブラタモリの映像を見た限りでは、他にも面白そうな橋があったようですが、
到着したのが遅く、暗さも手伝って発見できず・・・
仕方が無いので周辺をぐるっと大回りして宿へ・・・


2017/02/25
唐突ですが、この度、横浜で開催されたカメラショウCP+の同時開催展にヒガミちゃんが出展、
しかも、その中の一作品がチャリティオークション用にも選出されるという快挙?に・・・
それで冷かしに行って来きたのですが・・・HPに乗せろ乗せろと、うるさいのでUPします。


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